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ニューヨークひとりぼっち(後編)

 スタッテンアイランドはイタリヤ系の白人が多かったようで、町の雰囲気は気持ちよかった。 見つけた物件はフェリーのターミナルの駐車場から近く、高台で夜景が素晴らしかった。 余談だが、駐車場がとてつもなく広く、一寸厄介だった。 ブルックリンとスタッテンアイランドを結ぶ橋はベラザーノ・ブリッジという名前だが、夜はライテイングが綺麗だった。 海上はよく霧がでたが、照明が夜霧でうっすらとぼやけて、映画のシーンのようだった。 サンフランシスコのゴールデンゲートブリッジには及ばないが、マンハッタンに架けられた多くの橋のなかでは最高だった。

 新居に選んだ建物はオランダ風の古いものだったが、借りたのは2階全部、とは言っても、スタジオタイプ同様、ワンルームなのだが、家具付き、キッチン、バス・トイレつきであった。 フェリーも24時間営業で、時間の心配が不要だった。 中にはコーヒーショップもあり、朝食も摂れて便利であった。 天気が良ければ、自由の女神、摩天楼、イーストリバーにかかる橋など、まわりの景色が楽しめた。 唯一、困ったのは、雪が積もると、高台の家まで車を上げられず、坂下に駐車して歩いて帰らねばならないことだった。

 日本に帰国する時期が迫り、安いホテルにでも滞在しようかと考えていたら、新任のボスがブロンクスの高層アパートに家族用に4~5LDKの部屋を借り、家族が来るまで一緒に住んだらどうかと言ってくれた。 しかし、家族の到着の前に、又、宿を探すことになったが、今度はマンハッタンのアップタウンのアパートに住んでいた、年下の独身者がいらっしゃいと呼んでくれて、帰国まで泊めて貰った。 2年間の駐在期間中にニューヨークにある5つのボロー(行政区)のうち、ブルックリンを除く、4つのボローに住んだことになった。

 日本では東京の港区麻布に赤ん坊の時から40年以上住んだが、知っていたのは港区、中央区、千代田区、渋谷区、目黒区、品川区、台東区、北区くらいで、23区のうちの8区と、半分も知らないのである。 アメリカでは移動は車だから行動半径が広く、東京よりニューヨークのほうが詳しいような感じがする。