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ふるさと

「ふるさとはどちらですか」と訊かれて、はっきり答えられる人と答えられない人がいると思う。

 最近、大昔に読んだ超長編小説を再読した。 主人公が何かにつけて生れ育った土地を懐かしく想いだす場面がある。 その場面では羨ましい思いを禁じえない。 然し、

彼は故郷を捨てて東京に出る。 それは、人生の目的を探すには東京に出るしかないと

思い決めたからである。 関わった事件に流されて北海道に渡り、更に、ロシアに行くことになる。 彼が何処で最後を迎えるのかは分からない。 然し、彼の遺骨と魂は必ず故郷に戻ると思う。

 私の場合、これまでの人生の半分以上を生活していた東京を「ふるさと」と言うしかない。 然し、東京は「ふるさと」のイメージにはそぐはない。 排気ガスの多い都会から緑の多い土地に転居するのが私の夢であり、更に、天災の多い日本から米国東部に移住したいと考えていたこともあり、東京が「ふるさと」と言うことには抵抗がある。

 然し、東京が嫌いになったのは前回の東京オリンピック首都高速道路が出来てからだと気が付いた。

 私の先祖の墓は神奈川県と千葉県にある。 実の両親の墓は神奈川県横須賀市にある。 養子に入った家の養父母の墓は千葉県香取市にある。 私と家族は千葉県の墓に入ることになる。 私は東京都心から米国に渡り、長期滞在して帰国し、飽きるほど伊豆半島の温泉場に住み、ようやく、いわゆる、終の棲家として、東京でも西の端の立川市に腰を落ちつけた。 然し、想いを断ち切れないほどの故郷が無いのは淋しい。