麻 雀 道

 

 就職先は総合商社と決めていたので、大学時代、家庭教師でお邪魔していた

お宅の奥さんに、何かの拍子に、麻雀を習いたいのです、と申し上げたところ、

早速人を集めて実戦で指導をしてくださいました。 背中にくっつくように

膝で立ち、肩に片手を載せて、耳のそばで不要牌の切り方を囁いて下さい

ました。

 

 大学に畳部屋があり、食卓台があったので、上に毛布を掛けて、同級生と

ルールブックを見ながら、三人麻雀で練習しました。

 

 彼女が出来て、彼女の一家と将来の義理の兄弟と家庭麻雀を打ちました。

 勝ち負けは問題外でしたが、一人、建築士で理牌(りーぱい)をしない

男がいて、プロ級かと思いきや、勝負では目立ちませんでした。

 相手が弱すぎて加減したのかも知れません。

 

 就職してからは、仕事が忙しく、折角習った麻雀とは縁がありません

でした。

 

 ニューヨークに二年間単身赴任して帰国すると、社内麻雀も取引先との

接待麻雀も盛んになっていました。 ニューヨーク時代の上司が麻雀好きで

鍛えてくれたので、準備はできていました。 最初は負けてばかりでした。

 麻雀ゲームソフトを買って来て、家でも勉強しました。

 

 やがて、勝つときは大勝し、誘って貰えない時期もありました。

 

 麻雀は腕が六分で、運が四分と云います。 然し、何とか強くなれないか

考えました。 その結果、「負けない麻雀」を目指すようになりました。

「負けない」とは、無理に危険牌を切らず、結果、「放銃(振り込み)」

を減らし、安全牌を切りながら、「黙聴(聴牌しても立直しない)」で

あがって相手を蹴とばすようなことです。但し、ツキがきているか、

いないか、これを感じ取ることは大事です。

 

 勝っているときは、大抵、ツキが来ているので、より高い手にもって

いったり、強気で攻めることも重要です。 然し、危険牌と感じながら、

無理に放銃をしてはいけません。 一気にツキが逃げて行きます。

 

 やがて、会社を退職、伊豆の別荘地に住み、麻雀好きな住人が多く、

お互いに訪問し合い、家庭麻雀を楽しみました。

 

 今は、麻雀とは縁が無くなりました。 面子が足りないときは何時でも

声を掛けて下さい、と言いたいところですが、もうお相手は無理でしょう。