まさか! ほんとに? 第三十二話

 昔、ある男が大学に入学出来たとき、文通というものの

存在を知り、生れて初めて女の子と手紙のやりとりを始めた。 

それまでは、高校受験、大学受験に没頭していたから、

女性とのつきあいは一切無く、一生懸命文章を考えて出したら、

全員から文通したいとの返事が来た。 然し、みんな直ぐ止めて

しまい、残った相手は一人だけだった。その女性は東北の漁港に

ある、市の図書館の司書だった。 

 

 彼女から地元のお寺が無料で泊めてくれるから、来ないかとの

誘いがあり、大学3年の夏休みに東北周遊券を買って、彼女に会いに

行った。 お寺の和尚さんは東京の大学を出ていて、奥さんも

仙台の女子師範を出て、教員をしてことがある素晴らしい方だった。

高校生を頭に女の子3人、男の子一人の理想的なご家族でもあった。

和尚さんは住職としての職務以外に、市役所にも非常勤で顔を出し、

保育園の院長もされ、奥さんも不幸な女性たちの福利厚生の分野で

奉仕活動をしておられた。

 

 司書の彼女は毎日勤務を終えると、お寺に来て食事の後片付けを

したり、休みの日には周辺の観光につきあってくれた。

 

 彼が就職した後、お寺の長女が東京の大学に入学したとき、母親が

一緒に上京し、保証人になってくれと頼まれたことがあった。

 

 残りの子供達もみんな東京の大学に入学、女の子たちは東京で

結婚した。 男の子は父親と同じ大学を出て、住職を継いだ筈。

 

 それから、大分経って、奥さんから「紫綬褒章を頂いた」と

喜びのお便りと、重要文化財の六角堂の前で撮影した記念写真を

送って頂いた。

 

 図書館司書の彼女とはその後文通していないのが残念である。