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マイカーものがたり(前編)

 車の話をすると長くなりますが、よろしくお願いします。 車(乗用車)は女房のようなものでもあり、身体の一部でもあります。 そう思われませんか?

私は東京の麻布十番と東京タワーの間で、ロシア大使館の崖下あたりで育ちました。

(東京タワーはまだありませんでした!)小学校だったか国民学校だったか、とにかく

学校にあがるまえは、毎日父親が運転する配達用のトラックの助手席に乗って東京市内を走り回っていました。 ガソリンの排気ガスの匂いが好きで、車の後を追いかけまわしていました。 多分、中学時代か既に国産車が製造されるようになったころ、七夕様の笹の葉に願い事を書いた短冊をつるしますが、そこに「セドリック<日産>」「マークII<トヨタ>」と書いたことがありました。

 大学を出て就職をして、ローンで車を買える身分にはなったものの、駐車スペースが無くて、車を持てませんでした。 だから、免許も取っていませんでした。

 入社4年位でニューヨークに転勤することになり、慌ててJR田町駅前の三田自動車教習所に行き1回分だけ金を払って教習を受けましたが、教官の態度が横柄で不愉快になりました。 会社の先輩に相談すると、アメリカに行って半年もすれば、仕事にも環境にも慣れるから、それから免許を取っても遅くはないと教わりました。 

 ニューヨークに着いて、住まいの近くに個人レッスンをしてくれる事務所を見付け、夜運転を習いに行きました。 レッスンは中年の女性が普通の車の助手席に乗って、操縦の仕方を口頭で教えてくれるだけ。 最初は真っ直ぐ進もうとしても、右や左に進んでしまい、ハンドル操作にてこずりました。 

 他方では車の購入について、上役に相談すると、最初はそこいらじゅうこするから中古車を買った方が良いと云われ、そんなものかと納得、日本人クラブの掲示板の広告で

安い物件を見付けて購入。(免許を取る前にです!)

 さて、その車を夜中に住まいのまわりで無免許でゆっくりと走らせました。 だから、上達は早くて、確か2週間で先生のOKを貰いました。 

 つぎは、まず、ペーパーテストです。 警察署に行って申し込むと2週間後のアポイントと小さなパンフレットをくれました。 仕事が忙しくて半分しか読まずに行ったら、不合格となり、再度申し込み、今度は全部読んで行ったら合格し、ロードテスト(実技テスト)の予約を貰いました。 現場には先輩の車で連れて行って貰い、その車に試験官が乗って車の居ない地域で走って、その場でピカピカのニューヨーク免許証を貰いました。 実に簡単でした。

 さて、いよいよ、マイカーでの活動開始です。 (つづく)