へー、ほんと? 第二十二話

 ネタもとの彼が自分の小説だかエッセイに使おうと

していたとかで、出し渋っていた話ですが、肝心の

ところはぼかす条件で教えてくれました。

 

 40年位昔のことだそうです。 ある、偶々、目についた

クラブに一人でふらりと入ります。 テーブルに付くと、

若そうだが、服装も顔つきも陰気な女の子が席につきます。

彼の方は初めてだから仕方ないかと、ブランデーの味を楽しむ

ことに専念します。 彼女はほとんど口を開かず、彼は一生懸命

飲み物を勧めます。 結構アルコールは強く、数杯飲むと

ようやく年齢を教えてくれます。 老けて見えたが、25才

とのこと。 ところで、順序が逆になりましたが、場所は、

ニューヨークのマンハッタンのミッドタウンです。

そして、コリアン・クラブであります。二階で、結構テーブル

が多いのですが、客は他に全くいません。 しかし、時間が

経つと若干客が入り、そのうちに、3人のバンドマンが入って

来て、カラオケの伴奏を始めます。 そうすると、彼女は

アルコールが入ったせいもあって、すっかり陽気になって

ステージにあがり、ハングルの演歌をご機嫌で歌い出します。

ところが、これが上手で聞きほれます。更に「踊りましょう」

と云って、手を引っ張ってステージの前のフロアーに行って

日本の演歌の伴奏で踊ります。あとは、フルーツの大盛りが

出て来て、ようやく、クラブに遊びに行った気分になります。

又、忘れましたが、彼女は日本語は出来ませんが、英語がある

程度出来、更に、漢字で筆談して充分意思の疎通は出来ました。

勘定は日本のバーより安く、又、来るよと云って帰ります。(続)

 

へー、ほんと? 第二十一話

 彼は初めてニューヨークに単身赴任したとき、

若いハワイ生まれの中国系アメリカ人の男子大学生と、

同じく若いインドからの男性技術研修生と一軒家の

二階に、部屋は別々ですが、キッチン・トイレを

シェアして、共同生活したことがありました。 

 中国人の大学生は昼間働き、夜、学校に通っていました。

いよいよ、卒業の時期となり卒業論文を提出することに

なりました。 ところが、大学生はタイプが上手に打て

ないのです。 他方、彼はタイプが得意なので、大学生の

原稿を預かり、清書してあげました。 

大学生は無事卒業して、下宿から出て行きました。 

 インド人のほうは、毎日出勤ではなく、部屋にいる

ことが多く、よくベッドに寝ていました。 

一度、カレーを作ったから一緒にと云われて、口に

入れたら香りが強いのと、辛いのとで食べられません。

一度で懲りてしまったそうです。 

 ある時、インド舞踊団が来ていて、某大学の講堂で

舞台があるから、一緒に観に行かないかと誘われて、

見に行ったそうです。 初めての体験であり

その後もチャンスは無く、良い思い出を貰ったと

有難く感じたそうです。

 ダンスといえば、フラメンコもニューヨークで

初めて見たそうです。 先輩がショーをやっている

レストランに連れて行ってくれたのです。

 あとで知ることになりますが、フラメンコは

スペインでもほとんど見ることがないそうで、

彼はアルゼンチンでもう一度見るという幸運に

恵まれます。

 次は、大学のキャンパスの話です。 

彼は家族とボストン近郊のハーバード大学とMIT=

マサチューセッツ工科大学のキャンパスに行った

ことがあります。 

 日本でも本郷にある東京大学のキャンパスには

一人でも行ったし、彼女と散歩に行ったこともあり、

米国に行った以上ハーバード大学のキャンパスは

見ておこうと決めており、そのあと、港のピア4にある

突堤の先にある有名レストランでロブスターを食べて

きたのだそうです。

 ニューヨークには陸軍士官学校がありますが、この

資料館にも行って来ました。 そして、コロラド州

デンバー市に駐在した時は、ボールダーのコロラド大学と

コロラドスプリングスの空軍士官学校のキャンパスも

覗いて来たとのことです。

 アメリカは観るところが限られていることもあり、

普通の男性には大学巡りも観光になります。

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観て来たインド舞踊はもっと古典的で、中国の

京劇みたいなものでしたが、適当な写真がなく、

ネットから現代的なものですが、借りてきました。

 

えー! ほんと? 第二十話

 昔、ある男から聞いたお話しです。

 

 彼は米国駐在の身でしたが、時々日本に出張で

帰国しました。定宿は都内某所の某ホテルです。 

ある夜、知人と会食後独りホテルに戻りましたが、

寝るには早いので、酒の飲めるラウンジに行きます。

女性のピアニストがBGMのような曲を静かに演奏

していました。彼のテーブルはピアノから遠くは

ありません。しばらく、演奏を聴いているうちに、

ふと、思いついて、ウェーターにピアニストに飲み物を

差し上げたいが、テーブルに来てくれるか、聞いてみて

くれないかと頼むと、演奏を終えたところで、彼女が

自然な雰囲気でテーブルに寄って来ます。ウェーターが

椅子を引いて腰掛けさせます。そして、彼女は飲み物を

注文しました。

 

 彼は感激して、久しぶりに日本に一時帰国し、日本女性

が懐かしいのでと説明すると、彼女は住まいが鎌倉で、

終電で帰ると云います。彼は、ハワイの免税店で買って

きた香水がポケットに入っていたのを思い出し、失礼

だけど記念に貰ってくれないかと訊くと、彼女は喜んで

と受け取ってくれたそうです。

 

 アルコールの力を借りて、しらふでは出来ない

ことをしたり、話をしたりしたり出来たわけです。

ただ、さすがに、バーやクラブのホステスと勝手が違い、

彼の方は少しおどおどした話し方をしていたようだ

ったが、彼女は全く嫌なそぶりを見せず、普通に話し

てくれて、意外なことばかりだったと回想していました。

 

 ピアニストというと、芸術家特有の気難しさを予想

したのが、微笑むようなことは無かったが、自然な

会話を出来たのが、最高のお土産になったと彼は喜んで

いました。

 

ウソー!ホント? 第十九話

 今度はカナダのお話しです。 アメリカは良く知られて

いますが、カナダのことは、あまり、知られていないと

思います。特に、今回お話しするノバスコシア(Nova Scotia)

を知っている人は少ないでしょう。

 

 彼はニューヨーク駐在の日本人商社マンで、ステンレス

鋼材の輸入販売をしていました。あるとき、海上貨物の保険

会社からの情報で、カナダのノバスコシアのハリファックス

に寄港している貨物船から、航行中暴風雨で海水をかぶり、

錆びてしまったステンレス厚板を引き取り、買い手を探して

いるとのこと。

 地図で場所を見てください。大西洋岸の赤い島です。

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 買い取って加工すれば売れると読んで、米国人スタッフと

現場に飛びました。商談は即決で決まりましたが、手配に

時間がかかるので、岸壁に近いホテルに宿泊しました。

 

 夜、ベッドに入っても眠れず、思いついてホテルの電話

交換手に電話して、少し、近所の事を教えて貰いました。

それから、しばらくは眠ろうとしますが、眠れません。

もう一度、交換手に電話して、勤務は何時までか聞くと、

夜中の12時までで、もうすぐだと云います。そこで、

ホテルの外に一緒に行かないかと誘うと、OKとのこと。

ホテルは古城のように黒々と聳え立ち、玄関は地上から

かなり高い所にありました。一寸待ちましたが、彼女は

出て来ません。ところが、玄関より大分下のほうで、

ホテルの端のほうから歩み出て来る人影が見えました。

見ていると、姿が消えていました。

 

 電話での約束は何だったのか、疑問だけが残りましたが

夜霧で視界がぼやけていて、ロマンチックな思い出でした。

 

 

 

 

 

へー、本当? 第十八話

 スペインと云えば、首都マドリッド、オリンピックが開催

された、バルセロナが有名ですが、北の方、フランスとの

国境に近いところにある、ビルバオという町を知っている

日本人は少ないと思います。この町はかつては製鉄と造船で

栄えたのですが、今は芸術都市になっています。

 

 ある日本人の男がアメリカに駐在しているときに、

米国人と一緒にこの町を訪れました。この町は山に

囲まれており、天気が不安定で、飛行機の着陸が

困難なことがよくあったそうです。訪問先の担当者が

大歓迎してくれて、パテイオのあるレストランで

豪華なランチに招待。延々2時間にわたり、いろいろな

料理が出され、ワインがひっきりなしにつがれるので、

眠気を抑えるのが大変だったそうです。

(写真の通り、周りは山岳地帯)

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 スペインでは、朝が早く、昼は自宅に帰って食べて、

昼寝し、それから夜は遅くまで働き、レストランの

デイナ―は9時からとのことでした。余談ですが、

タクシー代が大変安いのも一寸意外でした。

 

 泊まったホテルでも、職員みんなが歓迎ムードで

下のように記念写真に応じてくれました。

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さて、ビルバオバスク州にありますが、バスク地方

方言は日本語に似ており、顔つきも日本人に似ている

人がいるそうです。太古の時代にモンゴル人でも移住

して来たのでしょうか。

 

 スペインは過去に自治州が認められ、独立運動

あったそうです。当時も、反政府活動があったようで、

山の中を空港に向かう途中で銃を持った軍人の検問を

受けました。幸い、米国人がいたので、直ぐに解放

されましたが。

 

 本当に世界にはいろいろなことがありますね。

 

うそー! ほんと? 第十七話

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 昔、ある男が米国から一時帰国し、赤坂のホテルに宿泊

していました。夕食後一人で夜の街に飲みにでかけます。 

小さなバーの扉を開けて中に入り、カウンターに座ります。 

カウンターのなかの女の子が話相手になってくれます。 

彼女は彼氏がイランに行ってしまい、某外国語スクールで

ペルシア語を習って、彼の後を追いかけるつもりと云います。 

彼が米国からの一時帰国者で直ぐに米国に帰るのを知って、

一時の気まぐれでしょうが、店が終わったらお付き合い

しますよと云う。11時にバーを出て、踊れるレストランに

行きましょうと、引っ張っていかれます。 軽く食事をとり、

ダンスを楽しみ、そこまでかと思っていたら、彼女は

「別れが惜しいの。もう少し一緒に居て」といいます。

 

 そこで、ようやく彼女の気持ちが分かり、喜び勇んで、

ホテルではなく、近所のモーテルに連れて行きます。 

彼女は多分22才前後、彼は30台後半、棚から牡丹餅と

喜び勇んで情熱的な時間を共有します。 

翌朝、彼女には十分なものを渡しました。彼女は、意外

そうというか、怒ったような顔をしていましたが、少し

すると笑顔を見せて一緒に外へ出て、彼女は駅の方へ、

彼はホテルのほうへと、別れ別れになります。

 

 これが、援助交際だったのかどうかは、彼には分から

なかったそうです。でも、若くて可愛い女の子と数時間とは

いえ、夢の様な時間を持てたことは何時までも忘れられない

と云っています。

 

  

うそ―! まさか! 第十六話

 熱烈な純愛物語です。 ある男から耳にした昔の話ですが、彼の知り合いの

中年の教師が突然死しました。 告別式から火葬場に行き、棺桶の蓋を開けて

参列者全員が生花を遺体の上に置きます。 そのあと、棺桶は蓋を閉めて

焼却炉の中に進められる筈でした。 ところが、棺桶の脇に居た中年の女性が

棺桶の上に登ろうとしがみつきます。 あわてて、周りの人たちが彼女を抱き

かかえて下そうとしました。 すると、彼女は「私も一緒に焼いて!!」

と繰り返し叫ぶのでした。

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実は、亡くなった教師とこの女性は恋愛関係にあったのだそうです。

彼女は生徒の母親だったのです。

 

 まるで、100年まえの島村抱月松井須磨子の熱愛みたいです。

松井須磨子は抱月の死後2か月後、後追い自殺を遂げたという、ドラマを

地で行く最後でした。 彼女は33才の若さでした。

 

 その母親がその後どうなったか、誰も語らなかったようです。

 

 故渡辺淳一氏が聞いたらどんな物語に昇華してくれただろうか。